毎年、9月の第1日曜日に私たちの自治会では川上参りというのをしています。
今日の8時に川上の與止姫神社のお参りに行ってきました。
この川上参りはかなり以前から行われていて、そもそもはこの神社は水の神様と言うことで、私たちの祖先は農家がほとんどで、今年も水が途切れることが無くお米が育ちますようにと言う意図があったのだろうと思います。
私たちを始め5つの自治会では神事のやり方が違っています。
と言うのも普通の神事では奥のすだれを開けませんが、私たちの自治会を始め5つの自治会はすだれを開けて神事が行われますし、また、普段使用しない金平というものでお祓いをされます。
宮司さん曰く、佐賀県内でも金平を使ってお祓いするというのは無いでしょうとのこと。
ここでこういう神事を行われることになった経緯を宮司さんが毎年話されます。
1570年当時佐賀は龍造寺が納めていて、そこに大分の大友宗麟の弟が攻めてきたそうです。
鍋島藩では軍議が開かれ籠城か攻めるかで紛糾したらしく、なかなか話がまとまりません、そこで当時の筆頭の家来である鍋島直茂公が一日待ってくれと言うことで、まず27名ほどの手勢で城を出て私たちが住む鍋島の新庄八幡神社で必勝祈願をし、その時に先ほどの5つの自治会の農民たちが、お米を炊いて必勝祈願の時に食べて頂いたという話です。
結果、大友宗麟の弟は討ち取られ鍋島藩は安泰になったと言うことでした。
その後鍋島直茂公が藩主となり当時の夜討ちの褒美として、5つの自治会に褒美が何が良いか訪ねて、川上参りの神事のやり方を希望し現在に至っていると言うことです。
なんとも素晴らしい歴史です、こういう生の歴史を子供たちにも伝えていきたいものです。